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「補正予算」事後チェックで、疑わしき事業の抑止力へ

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

政府は新型コロナウイルス対策の補正予算を2回にわたって成立させた。総額は約60兆円(民間資金も含めた事業規模は230兆円)だ。

前例のない規模であるにもかかわらず、世論調査などでは国民の満足度は必ずしも高くない。持続化給付金の事務委託費の流れの不透明さへの疑念など、政府への信頼感が欠如していることが大きな要因として考えられる。

「金額ありきの補正予算」は、どのように作られるのか

補正予算は、「予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となった経費の支出を行なう場合」に作成することができる(財政法29条第1項)が、そもそも補正予算は、今回のコロナ対策に限らず、何度も問題点が指摘されてきた。

補正予算は、個々の事業の積み上げではなく、総額(事業規模)が先に示されることが多い。政府が世の中に向けて十分な対策を行うという意思を示す意味があるのだと、過去に霞が関で働いていた立場として感じる。

たしかに国民にとっては、事業規模が示されることで安心感につながる可能性はあると思うが、各府省からすると、示された額まで積み上げる作業が必要になる。他方、補正予算は策定の期間がとても短い。各府省も補正を見込んで積み上げの検討(霞が関では「タマ出し」と呼ばれる)はしているが、それでも時間が足りない。

期間が短ければ、練られていない事業が入ってくる恐れは十分にある。私の経験の中でも、当初予算の段階で財務省に認められなかった事業が、基本的な枠組みは変えず事業名ややり方を少し見直しただけの状態で補正予算に出てきたり(看板架け替え事業)、従前から行っている事業と中身は変えずにその時々の重要課題(今であればコロナ対策、昨年であればオリンピックなど)の解決のための事業だという理屈をこじつけたものなどが過去にあった。

「短い期間なので、まったく新しい事業をたくさん出すのはほとんど無理。そうなれば過去に切られたものを、形を変えて出すしかない」という知人官僚の言葉は特殊ではないだろう。

総額を決めた後に積み上げるやり方を続ける背景には、メディアをはじめ我々国民の中に、「何かを充実する=予算の投入量が増える」という固定観念があると感じている。「額」(事業規模)は目に見えてわかりやすいので政府も打ち出すし、メディアも取り上げる。ただ、規模のみを評価基準にすることは危険だ。現に、積み上げることに必死になって、不要と判断されていたものも入っているのだ。真に必要なことに集中的に予算を投入することによって、総額は落ちたとしても官僚のリソースの集中投下にもつながる。

事後検証の導入が補正予算の完成度を高める

補正予算は、個々の事業に関する情報量が当初予算に比べるとかなり少ない。たいていは、事業名と予算額のほか、A4片面の「ポンチ絵」(事業目的や内容などを記載した概略図)程度だ。当初予算時は、上記のほか「行政事業レビューシート」(全府省のすべての事業について、目的、概要、成果、資金の流れなどを統一様式で作成し公表することが義務付けられている)を見ればその事業の全体像はおおむね把握できる。今回の補正予算に関しての「行政事業レビューシート」が公表されるのは来年の8月末になる。

では、完成度の高い事業(政策)を作るために、補正予算を決定する前の事前チェック(当初予算時の財務省査定の機能)ができるかというと、それは現実的ではないと私は考える。スピードが求められているタイミングで、例えば「レビューシート」のようなものを作成して事前チェックをしようとすれば、補正予算本来の意義が失われる可能性が高く、本末転倒になるからだ。

ただし、事後の検証は可能だ。事後検証が仕組みとして組み入れられれば、各府省に対して、疑わしい事業が入り込めば後から指摘されるという抑止効果につながる。疑念が報じられると各府省は対応を迫られる。すると、緊急に行うべき業務の妨げになりかねない。このような状況は国民にとっても執行する側にとっても幸せとは言えない。事後検証のサイクルができることによって補正予算の完成度が高まり、疑念も払拭されてスピード感のある予算執行にもなるのではないだろうか。

事後検証の参考事例:東日本大震災時の補正予算で作成した「チェックシート」

どのように仕組みを作るか。補正予算成立数か月内に、統一様式のシートを作成公表することはできないだろうか。緊急な業務にあたっている各府省の業務量を踏まえて、A4片面程度のシンプルなものだ。

実は、過去に同様のことを行った事例がある。2011年の東日本大震災の時だ。11月に成立した第三次補正について、復旧・復興とはかけ離れた事業が入っているとの疑念が報道などで取り上げられていた。

政府がこの年の7月に示した「復興の基本方針」の「実施する施策」3項目の一つに、「東日本大震災を教訓として全国的に緊急に実施する必要性が高く、即効性のある防災・減災の施策」、いわゆる「全国防災対策費」を盛り込んでいたが、この中に緊要性の高くない事業が紛れ込んでいると指摘された。

政府内でも検証の必要性を議論し(当時私は、内閣府行政刷新会議事務局に所属していた)、東日本大震災復興関連事業の精査を行うことを行政刷新会議で決定(2011年7月)、第三次補正予算が成立した2か月後を目途にして、事業目的、概要、成果目標などの客観情報のほか、「復興の基本方針」との整合性や被災地のニーズなど7項目の自己評価を記載する「東日本大震災復興関連事業チェックシート」を、第三次補正のすべての事業(488事業)について作成・公表した。そのチェックシートを活用してNHKは緊要性の高くないと思われる事業を抽出し、「復興予算の流用」と報道、全国的に注目された。

東日本大震災第三次補正の際に作成・公表した「チェックシート」
東日本大震災第三次補正の際に作成・公表した「チェックシート」

事後検証の意義は、補正予算の策定プロセスの質を高めていくこと

ただし、批判するために(批判材料を提供するために)事後検証をするのではない。スピード感を持って策定する補正予算は完成度が高くないことを前提として、各府省が補正予算策定プロセスにおいて最低限気を付けるべき点を習慣化することが、事後検証を行うことの意義だ。

補正予算が成立した後の事後検証で課題が見つかれば、執行停止することも可能だ。これまでは、執行しない事実をもって国会やメディアから指摘されてきたこともあり、「予算は使い切らなければならない」という考えがあった。今後は、改善点があるのに「絶対に正しい」との理屈作りに官僚の労力を割くことはやめた方が良い。そのため(補正予算の質を高めるため)には、政府だけでなく政治やメディア、国民が、行政の行うことはすべてが完璧ではないという共通認識を持つことが必要だろう。

なお、今回のコロナ対策は災害対策とは異なる点があることには留意しておく必要がある。災害時は復旧、復興のフェーズがわかりやすい。被災地と非被災地の区分もしやすい。しかしコロナは、感染拡大の防止などの短期的対策と、長期的な社会変革を同時にしなければならないし、全国すべてが「被災地」になる。一概に「緊要度が低い」認定はしにくいと言える。

事後検証は国民と政府とのコミュニケーションツールになる

繰り返しになるが、補正予算は時間のない中で編成をするため、国民は限られた情報しか与えられないことが多く、それは国民と政府とのコミュニケーションの欠如につながる。だからこそ事後的に、規模に左右されることなく事実に基づいた客観的な検証が重要となる。

その検証は、「叩く」ためではなく、補正予算の質をいま以上に高め、本当に日本経済の成長と変革につながっているのかを、政治・メディア・国民がチェックできつつ、さらに国民とのコミュニケーションツールにしていけるものでなければならない。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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