「あおもり歴史トリビア」第693号(令和8年3月6日配信)
2026/03/06 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第693号(令和8年3月6日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。歴史資料室の村上です。今回は2月の担当回に続き伝書鳩を取り上げます。
前回、日本において伝書鳩の利用が進むきっかけとなったのは、大正8年(1919)に陸軍が伝書鳩を輸入したことだとお話ししました。この時、陸軍は伝書鳩の調査研究を行う組織として「軍用鳩調査委員会」を設立し、東京府中野町(現東京都中野区)に事務所を置いています。
大正11年、青森市出身の田川潤一郎(1890-1944)が軍用鳩調査委員に任命されました。『青森県人名大事典』(東奥日報社 1969年)は田川を「わが国軍用鳩界の権威」と紹介しています。
月刊『鳩』第3年11月号(鳩園社 1925年)によると、田川は事務所の「事務主任」を務めており、「繁忙を極めること所内第一」といいます。『鳩』第3年10月号(1925年)は田川が「慶應義塾普通部愛鳩会」の指導にあたっていることを、『鳩』第4年2月号(1926年)は田川が北海道の陸軍第七師団で「積雪極寒の地に於ける伝書鳩の研究」に取り組んでいることを伝えており、伝書鳩の普及や研究に関わる業務に従事していたことがわかります。
また、『非常時国民全集 陸軍編』(中央公論社 1934年)には田川が記した「満州事変と伝書鳩」という文章が収録されています。これは戦地に派遣された伝書鳩の功績を紹介するもので、上海附近の会戦で敵兵の動向を報告した事例や満州・山城鎮(さんじょうちん)附近での戦況を知らせた事例を取り上げています。あわせて、民間の伝書鳩数について「相当多数」であるが、有事の際に満足できる数ではないため「軍用資源としての増殖」に寄与することを望むとも述べています。
この文章からは田川が民間の伝書鳩に「軍用資源」としての役割を期待していたことがわかります。実際に昭和7年(1932)には東奥日報社が飼育する8羽の鳩が陸軍省の買い上げとなり、軍用鳩として満州へ送られました(『東奥日報と昭和時代 前期』東奥日報社 1979年)。
その後、田川は昭和10年3月に台湾歩兵第一連隊附となり、新竹州立新竹中学校へ赴任しました。その翌月、台湾では「新竹・台中地震」という大地震が発生しています。大湖(たいこ)郡では交通・通信機関が途絶し、被害状況を把握することが難しい状態となりました。この時、田川は大湖郡に派遣され、伝書鳩を用いて現地の状況を伝えています(『昭和十年台湾震災誌』台湾総督府 1936年)。伝書鳩は災害時の通信手段として大きな役割を果たしたのです。
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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大正11年、青森市出身の田川潤一郎(1890-1944)が軍用鳩調査委員に任命されました。『青森県人名大事典』(東奥日報社 1969年)は田川を「わが国軍用鳩界の権威」と紹介しています。
月刊『鳩』第3年11月号(鳩園社 1925年)によると、田川は事務所の「事務主任」を務めており、「繁忙を極めること所内第一」といいます。『鳩』第3年10月号(1925年)は田川が「慶應義塾普通部愛鳩会」の指導にあたっていることを、『鳩』第4年2月号(1926年)は田川が北海道の陸軍第七師団で「積雪極寒の地に於ける伝書鳩の研究」に取り組んでいることを伝えており、伝書鳩の普及や研究に関わる業務に従事していたことがわかります。
また、『非常時国民全集 陸軍編』(中央公論社 1934年)には田川が記した「満州事変と伝書鳩」という文章が収録されています。これは戦地に派遣された伝書鳩の功績を紹介するもので、上海附近の会戦で敵兵の動向を報告した事例や満州・山城鎮(さんじょうちん)附近での戦況を知らせた事例を取り上げています。あわせて、民間の伝書鳩数について「相当多数」であるが、有事の際に満足できる数ではないため「軍用資源としての増殖」に寄与することを望むとも述べています。
この文章からは田川が民間の伝書鳩に「軍用資源」としての役割を期待していたことがわかります。実際に昭和7年(1932)には東奥日報社が飼育する8羽の鳩が陸軍省の買い上げとなり、軍用鳩として満州へ送られました(『東奥日報と昭和時代 前期』東奥日報社 1979年)。
その後、田川は昭和10年3月に台湾歩兵第一連隊附となり、新竹州立新竹中学校へ赴任しました。その翌月、台湾では「新竹・台中地震」という大地震が発生しています。大湖(たいこ)郡では交通・通信機関が途絶し、被害状況を把握することが難しい状態となりました。この時、田川は大湖郡に派遣され、伝書鳩を用いて現地の状況を伝えています(『昭和十年台湾震災誌』台湾総督府 1936年)。伝書鳩は災害時の通信手段として大きな役割を果たしたのです。
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