「あおもり歴史トリビア」第716号(令和8年8月21日配信)
2026/08/21 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第716号(令和8年8月21日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。歴史資料室の竹内です。1864年8月22日、戦争や武力紛争による傷病兵士、戦地の病院や救護員を保護するためのルール「ジュネーブ条約」が12か国で締結され、赤十字マークをつけた救護員・施設の保護が定められました。日本は明治19年(1886)6月5日に加盟し、現在は196か国が加盟しています。今回は日露戦争の激戦地で作った赤十字旗で、多くの命を救った医師三上剛太郎(みかみ ごうたろう1869‐1964)をご紹介します。
剛太郎は青森県下北郡佐井村の、江戸時代から代々医師を務めてきた三上家の8代目として産まれ、新聞記者を経て、父の死をきっかけに医師となりました。明治37年に日露戦争が始まると、翌年の明治38年1月、第8師団衛生隊の軍医として出征します。激戦地となった満州(現在の中国東北部)の黒溝台(こっこうだい)に設置した包帯所(救護所)がロシア兵に包囲された際、手縫いの赤十字旗を掲げ、戦地であっても保護されるべき場所であることを示しました。この旗を見たロシア兵は包囲を解き、包帯所にいたロシア兵を含む負傷者と、衛生隊の命は守られました。
旗はその後三上家で保管されていましたが、昭和37年(1962)に日本赤十字青森県支部へ寄贈され、翌年スイス・ジュネーブで開催された赤十字100年記念国際博覧会に出品されました。昭和38年4月10日付『東奥日報』には「七十四人救った赤十字旗 三上氏の寄贈品 スイス国際博に出品」「血コンのついた生々しい赤十字旗は七十四人の生命を救ったいわくのある品物。」と紹介されたほか「『もはやこれまで』と観念したがとっさの思いつきで手持ちの三角巾を二枚縫い合わせて赤毛布を十字にはりつけて即製の赤十字旗をこしらえた。三上軍医はこの旗を午前五時から午後七時ごろまで前線に立て、ついに窮地を脱した。」と戦地での緊迫した状況が掲載されました。
国際博に出品された赤十字旗は、敵味方の関係なく負傷兵を救った「手縫いの赤十字旗」として紹介され、多くの人の感動を呼び、昭和39年にはカネ長武田デパート(現在のさくら野百貨店青森店)4階で行われた赤十字100周年記念「青森県書道展」でも展示されました。現在は日本赤十字社青森県支部(青森市長島1丁目)の正面玄関前ホールに赤十字旗と軍服姿の剛太郎の胸像が並んで展示されています。
今回は『青森県赤十字百年史』(日本赤十字社青森県支部 1988年)、『よみがえれ北の輝き』(佐井村 1997年)、『村のしるべ 佐井村教育百周年記念』(佐井村教育委員会 1990年)、日本赤十字社HPなどを参考にさせていただきました。
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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こんにちは。歴史資料室の竹内です。1864年8月22日、戦争や武力紛争による傷病兵士、戦地の病院や救護員を保護するためのルール「ジュネーブ条約」が12か国で締結され、赤十字マークをつけた救護員・施設の保護が定められました。日本は明治19年(1886)6月5日に加盟し、現在は196か国が加盟しています。今回は日露戦争の激戦地で作った赤十字旗で、多くの命を救った医師三上剛太郎(みかみ ごうたろう1869‐1964)をご紹介します。
剛太郎は青森県下北郡佐井村の、江戸時代から代々医師を務めてきた三上家の8代目として産まれ、新聞記者を経て、父の死をきっかけに医師となりました。明治37年に日露戦争が始まると、翌年の明治38年1月、第8師団衛生隊の軍医として出征します。激戦地となった満州(現在の中国東北部)の黒溝台(こっこうだい)に設置した包帯所(救護所)がロシア兵に包囲された際、手縫いの赤十字旗を掲げ、戦地であっても保護されるべき場所であることを示しました。この旗を見たロシア兵は包囲を解き、包帯所にいたロシア兵を含む負傷者と、衛生隊の命は守られました。
旗はその後三上家で保管されていましたが、昭和37年(1962)に日本赤十字青森県支部へ寄贈され、翌年スイス・ジュネーブで開催された赤十字100年記念国際博覧会に出品されました。昭和38年4月10日付『東奥日報』には「七十四人救った赤十字旗 三上氏の寄贈品 スイス国際博に出品」「血コンのついた生々しい赤十字旗は七十四人の生命を救ったいわくのある品物。」と紹介されたほか「『もはやこれまで』と観念したがとっさの思いつきで手持ちの三角巾を二枚縫い合わせて赤毛布を十字にはりつけて即製の赤十字旗をこしらえた。三上軍医はこの旗を午前五時から午後七時ごろまで前線に立て、ついに窮地を脱した。」と戦地での緊迫した状況が掲載されました。
国際博に出品された赤十字旗は、敵味方の関係なく負傷兵を救った「手縫いの赤十字旗」として紹介され、多くの人の感動を呼び、昭和39年にはカネ長武田デパート(現在のさくら野百貨店青森店)4階で行われた赤十字100周年記念「青森県書道展」でも展示されました。現在は日本赤十字社青森県支部(青森市長島1丁目)の正面玄関前ホールに赤十字旗と軍服姿の剛太郎の胸像が並んで展示されています。
今回は『青森県赤十字百年史』(日本赤十字社青森県支部 1988年)、『よみがえれ北の輝き』(佐井村 1997年)、『村のしるべ 佐井村教育百周年記念』(佐井村教育委員会 1990年)、日本赤十字社HPなどを参考にさせていただきました。
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