「あおもり歴史トリビア」第676号(令和7年10月31日配信)
		2025/10/31 (Fri) 12:00
	
	
		「あおもり歴史トリビア」第676号(令和7年10月31日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。文化遺産課の児玉です。令和6年10月25日の歴史トリビアでは、一度埋葬した遺骨を掘り出し、土器に納めて再び埋葬する縄文時代の「再葬土器棺墓」について紹介しました。今回は、その前段階にあたる「一次葬墓」、つまり遺体を骨化させる過程に関わる葬法について取り上げます。
再葬土器棺墓に人骨を入れるまでの間、遺体はどのように安置されていたのでしょうか。その過程に関わる遺構の一つが「石棺墓」です。
石棺墓は、墓穴の内部に石を組み、遺体を納める構造の墓です。東北北部では青森県と秋田県に分布が見られますが、特に青森県では津軽地域に集中しています。構築時期は縄文中期末葉から後期前葉が中心で、すべての例ではないものの、遺体を納めた後に土を入れず、内部を空洞のままにしておくものもあります。
このように内部を空洞にしておくと、ハエなどの虫の働きによって肉や内臓が除去され、骨化が早まります。葬送の流れの中ではこれが一次葬にあたり、後の二次葬(前述の再葬土器棺墓など)への移行を容易にし、葬送手順を効率化する役割を果たしていたと考えられます。
青森市の山野峠遺跡では、土器棺を納めた石室が列状に並ぶ反対側の谷状地形で、7基の石棺墓が列をなして見つかりました。保存状態の良い第2号石棺墓は長さ160cmで、成人が体を伸ばしたまま安置できる大きさです。板状の石を立て、底石も敷かれています。種類の異なる2列の墓が同時期のものであることから、亡くなった人はまず石棺に葬られ、その後に骨が取り出され、土器棺に収められて再び埋葬されたと考えられます。
青森県平川市の堀合(1)遺跡では、複数の再葬土器棺墓が見つかった区域の近くで、12基の石棺墓が検出されました。このうち長さ160?200cmの石棺墓が8基あり、成人の遺体を十分に納められる規模です。基本的に蓋石が被せられていますが、山野峠遺跡のような底石はありません。第6号・第11号石棺墓からは、長管骨が積み重なった状態で出土しており、主要な骨を土器棺に移し、残った骨を整理した可能性が示唆されます。
同じく平川市の堀合(3)遺跡(青森県平川市)の第1号石棺墓では、男性3体・女性1体・性別不明2体分の計54点の人骨片が出土しました。石棺の規模から見ても同時に6遺体を納めることは難しく、遺体を安置して骨化した後に骨を取り出し、この工程を繰り返して石棺を再利用した可能性があります。
その他の事例として、青森市の稲山(1)遺跡(青森県青森市)では、長さ35?70cmという非常に小型の石棺墓が見つかり、子どもの再葬との関連が指摘されています。
このように石棺墓は、単なる埋葬施設ではなく、後に土器棺へと骨を移すための「準備の場」としての性格をもっていました。遺体を自然に還し、改めて葬るという手順は、祖先とのつながりを重んじた縄文人の死生観をよく表しているといえるでしょう。
(文化遺産課 児玉)
《問合せ》
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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こんにちは。文化遺産課の児玉です。令和6年10月25日の歴史トリビアでは、一度埋葬した遺骨を掘り出し、土器に納めて再び埋葬する縄文時代の「再葬土器棺墓」について紹介しました。今回は、その前段階にあたる「一次葬墓」、つまり遺体を骨化させる過程に関わる葬法について取り上げます。
再葬土器棺墓に人骨を入れるまでの間、遺体はどのように安置されていたのでしょうか。その過程に関わる遺構の一つが「石棺墓」です。
石棺墓は、墓穴の内部に石を組み、遺体を納める構造の墓です。東北北部では青森県と秋田県に分布が見られますが、特に青森県では津軽地域に集中しています。構築時期は縄文中期末葉から後期前葉が中心で、すべての例ではないものの、遺体を納めた後に土を入れず、内部を空洞のままにしておくものもあります。
このように内部を空洞にしておくと、ハエなどの虫の働きによって肉や内臓が除去され、骨化が早まります。葬送の流れの中ではこれが一次葬にあたり、後の二次葬(前述の再葬土器棺墓など)への移行を容易にし、葬送手順を効率化する役割を果たしていたと考えられます。
青森市の山野峠遺跡では、土器棺を納めた石室が列状に並ぶ反対側の谷状地形で、7基の石棺墓が列をなして見つかりました。保存状態の良い第2号石棺墓は長さ160cmで、成人が体を伸ばしたまま安置できる大きさです。板状の石を立て、底石も敷かれています。種類の異なる2列の墓が同時期のものであることから、亡くなった人はまず石棺に葬られ、その後に骨が取り出され、土器棺に収められて再び埋葬されたと考えられます。
青森県平川市の堀合(1)遺跡では、複数の再葬土器棺墓が見つかった区域の近くで、12基の石棺墓が検出されました。このうち長さ160?200cmの石棺墓が8基あり、成人の遺体を十分に納められる規模です。基本的に蓋石が被せられていますが、山野峠遺跡のような底石はありません。第6号・第11号石棺墓からは、長管骨が積み重なった状態で出土しており、主要な骨を土器棺に移し、残った骨を整理した可能性が示唆されます。
同じく平川市の堀合(3)遺跡(青森県平川市)の第1号石棺墓では、男性3体・女性1体・性別不明2体分の計54点の人骨片が出土しました。石棺の規模から見ても同時に6遺体を納めることは難しく、遺体を安置して骨化した後に骨を取り出し、この工程を繰り返して石棺を再利用した可能性があります。
その他の事例として、青森市の稲山(1)遺跡(青森県青森市)では、長さ35?70cmという非常に小型の石棺墓が見つかり、子どもの再葬との関連が指摘されています。
このように石棺墓は、単なる埋葬施設ではなく、後に土器棺へと骨を移すための「準備の場」としての性格をもっていました。遺体を自然に還し、改めて葬るという手順は、祖先とのつながりを重んじた縄文人の死生観をよく表しているといえるでしょう。
(文化遺産課 児玉)
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