「あおもり歴史トリビア」第680号(令和7年11月28日配信)
2025/11/28 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第680号(令和7年11月28日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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みなさん、こんにちは。文化遺産課の石戸谷です。
今回は、戦前頃まで津軽地方の農家で行われていた、収穫を祝う秋の風習をご紹介します。旧暦9月(新暦では10月に相当)には、「九月節供」と呼ばれる行事が行われました。9日をソデ(初手)の節供、19日をナカ(中)の節供、29日をカナゲ(刈り上げ)節供といい、このうち行事の中心は29日です。前日に新米で搗いた「秋餅」を神棚に供え、親類やお世話になった人に配る「秋餅回し」が行われました。
この時祀られる神は、田の神です。農村では、春に山の神が里に下りて田の神となり、秋の節供に山に帰って山の神になるといわれており、民俗学では「田の神去来信仰」と呼ぶ、全国的にみられる民間信仰です。
29日のカナゲ節供には、稲作を見守ってくれた田の神が各家の餅を見て回るから競って大きい餅を拵えた(深浦町追良瀬)とか、田の神は餅を背負って山に帰る(中泊町長泥)などと言われました。
高田地区では、「ヒクニチモチ(日九日餅)」といって、9日、19日、29日に餅を搗いて親類に配りました。特に29日は、田の神様が山に帰る日なので「シトギ」を作って神棚に供え、隣近所と交換したり、マチ(市街地のこと)にいる親戚にも配って歩きました。「シトギ」とは、もち米とうるち米を混ぜて一晩ウルガシテ(水に浸すこと)、水を切ってから、臼でハダイテ(粉にして)ふるったものに、水を入れて練ったものです。平安時代に編さんされた『倭名類聚抄』という資料に「之度岐(しとぎ)、祭餅也(まつりのもちなり)」とあり、わが国では古くから神への供物とされる餅の一種です。津軽地方の方言で、粉をこねることを「シトネル」といいますが、シトギから派生した言葉かもしれません。
横内地区では、28日に秋餅をつき、翌29日知己に配りました(大正5年『横内村郷土誌』)。秋餅については、『青森市史叢書』に、市内各地域の事例が紹介されています。荒川や上野地区では、「ハデ(果て)のクニチモチ」といって、餡が入らない餅を作りましたが、野内地区では、「クニチモチ」といって、餡を入れた餅を作ったそうです。孫内地区では、ワラツトに入れて、マチ場の親戚に配って歩きました。油川地区では秋餅のお返しに凍み豆腐をもらうことがあったそうです。興味深い風習として、荒川地区では、29日に頬かぶりをした若者たちがワッパを各家において歩き、家人がそのなかに餅を入れて返すことが行われました。
生活様式の変化により、秋餅を配る風習は失われてしまいましたが、今日でも、渋を抜いた柿や、季節の農作物を親戚や知人に配ることは、秋餅回しの風習の名残のように感じます。
《問合せ》
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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みなさん、こんにちは。文化遺産課の石戸谷です。
今回は、戦前頃まで津軽地方の農家で行われていた、収穫を祝う秋の風習をご紹介します。旧暦9月(新暦では10月に相当)には、「九月節供」と呼ばれる行事が行われました。9日をソデ(初手)の節供、19日をナカ(中)の節供、29日をカナゲ(刈り上げ)節供といい、このうち行事の中心は29日です。前日に新米で搗いた「秋餅」を神棚に供え、親類やお世話になった人に配る「秋餅回し」が行われました。
この時祀られる神は、田の神です。農村では、春に山の神が里に下りて田の神となり、秋の節供に山に帰って山の神になるといわれており、民俗学では「田の神去来信仰」と呼ぶ、全国的にみられる民間信仰です。
29日のカナゲ節供には、稲作を見守ってくれた田の神が各家の餅を見て回るから競って大きい餅を拵えた(深浦町追良瀬)とか、田の神は餅を背負って山に帰る(中泊町長泥)などと言われました。
高田地区では、「ヒクニチモチ(日九日餅)」といって、9日、19日、29日に餅を搗いて親類に配りました。特に29日は、田の神様が山に帰る日なので「シトギ」を作って神棚に供え、隣近所と交換したり、マチ(市街地のこと)にいる親戚にも配って歩きました。「シトギ」とは、もち米とうるち米を混ぜて一晩ウルガシテ(水に浸すこと)、水を切ってから、臼でハダイテ(粉にして)ふるったものに、水を入れて練ったものです。平安時代に編さんされた『倭名類聚抄』という資料に「之度岐(しとぎ)、祭餅也(まつりのもちなり)」とあり、わが国では古くから神への供物とされる餅の一種です。津軽地方の方言で、粉をこねることを「シトネル」といいますが、シトギから派生した言葉かもしれません。
横内地区では、28日に秋餅をつき、翌29日知己に配りました(大正5年『横内村郷土誌』)。秋餅については、『青森市史叢書』に、市内各地域の事例が紹介されています。荒川や上野地区では、「ハデ(果て)のクニチモチ」といって、餡が入らない餅を作りましたが、野内地区では、「クニチモチ」といって、餡を入れた餅を作ったそうです。孫内地区では、ワラツトに入れて、マチ場の親戚に配って歩きました。油川地区では秋餅のお返しに凍み豆腐をもらうことがあったそうです。興味深い風習として、荒川地区では、29日に頬かぶりをした若者たちがワッパを各家において歩き、家人がそのなかに餅を入れて返すことが行われました。
生活様式の変化により、秋餅を配る風習は失われてしまいましたが、今日でも、渋を抜いた柿や、季節の農作物を親戚や知人に配ることは、秋餅回しの風習の名残のように感じます。
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