「あおもり歴史トリビア」第690号(令和8年2月13日配信)
2026/02/13 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第690号(令和8年2月13日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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みなさん、こんにちは。室長の工藤です。
1月6日付の『東奥日報』に掲載の市長の年頭会見によれば、青森市では「開港400年記念碑制作を企画している」といいます。青森市のまちづくりにまつわる周年行事と記念碑ということでいうと、明治39年(1906)5月1日に「開市二百八十年紀念」の石碑建設の声があがっていました。
これについては、「あおもり歴史トリビア」No.536で取り上げました。この時、建設を目指した人たちは青森市の政治や経済に影響力をもつメンバーが顔を揃えていたこと、また金銭的な部分も含め計画が具体的でしかも11月末までに碑文の揮毫は宮内省御歌所の所長高崎正風に依頼していたことから、この石碑は現存していないものの、「私はきっと建ったのだろうと思っています」と見立てました。
No.536を書いてから丸3年が経ち…ようやくこの碑の行方が判明しました。そして結論からいうと、残念ながら碑は建たなかったとみられます。
明治39年5月から21年が経過した昭和2年5月11日付で、青森市教育会長原子康一は青森市長中野浩に「青森市開市三百年記念碑建設につき建議書」を提出しました(同年5月14日付『東奥日報』)。これによると、「開市二百八十年」で計画の記念碑は「未だ実現するを得ざるは甚だ遺憾とする所なり」ということでした。
そこで「開市三百年」、さらにこの年は沖館・造道村と合併し「市勢益拡大し、愈隆盛の気運に向はんとする」ことを理由に、碑の建設を求めたのです。費用は明治39年の際に市に寄付された「建設費用の一部(=醵金)」が「利殖稍多きを加へたりと聞く」という情報を基に「醵金に加ふるに市費を以て」ということで賄うよう求めています。
この建議書を踏まえまず「開市三百年」に関しては、個人が主催した「青森開港三百年紀念 国産奨励勧業博覧会」が大正14年(1925)8月に開催されています。しかし、これは青森市が主催したものではなく、しかも建議書の2年前の話です(「あおもり歴史トリビア」№565・570)。また、青森市がこれと別個に式典を催した形跡もないので、碑も建たなかっただろうと思います。
つぎに青森市は、昭和12年に市制施行40年と開港30年記念祭を企画します(ここでいう開港30年とは、青森港が特別輸出港に指定され貿易港となった明治39年を起点としています)。しかしこの記念祭は、日中戦争の勃発により延期となり、中止となったとみられます(「あおもり歴史トリビア」No.581)。ですから、このタイミングでの建碑もなかったでしょう。
冒頭の市長の発言が実現することになれば、120年前の先人―とくに青森市をけん引してきたリーダーたちの思いがようやく実を結ぶことになるのです。
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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これについては、「あおもり歴史トリビア」No.536で取り上げました。この時、建設を目指した人たちは青森市の政治や経済に影響力をもつメンバーが顔を揃えていたこと、また金銭的な部分も含め計画が具体的でしかも11月末までに碑文の揮毫は宮内省御歌所の所長高崎正風に依頼していたことから、この石碑は現存していないものの、「私はきっと建ったのだろうと思っています」と見立てました。
No.536を書いてから丸3年が経ち…ようやくこの碑の行方が判明しました。そして結論からいうと、残念ながら碑は建たなかったとみられます。
明治39年5月から21年が経過した昭和2年5月11日付で、青森市教育会長原子康一は青森市長中野浩に「青森市開市三百年記念碑建設につき建議書」を提出しました(同年5月14日付『東奥日報』)。これによると、「開市二百八十年」で計画の記念碑は「未だ実現するを得ざるは甚だ遺憾とする所なり」ということでした。
そこで「開市三百年」、さらにこの年は沖館・造道村と合併し「市勢益拡大し、愈隆盛の気運に向はんとする」ことを理由に、碑の建設を求めたのです。費用は明治39年の際に市に寄付された「建設費用の一部(=醵金)」が「利殖稍多きを加へたりと聞く」という情報を基に「醵金に加ふるに市費を以て」ということで賄うよう求めています。
この建議書を踏まえまず「開市三百年」に関しては、個人が主催した「青森開港三百年紀念 国産奨励勧業博覧会」が大正14年(1925)8月に開催されています。しかし、これは青森市が主催したものではなく、しかも建議書の2年前の話です(「あおもり歴史トリビア」№565・570)。また、青森市がこれと別個に式典を催した形跡もないので、碑も建たなかっただろうと思います。
つぎに青森市は、昭和12年に市制施行40年と開港30年記念祭を企画します(ここでいう開港30年とは、青森港が特別輸出港に指定され貿易港となった明治39年を起点としています)。しかしこの記念祭は、日中戦争の勃発により延期となり、中止となったとみられます(「あおもり歴史トリビア」No.581)。ですから、このタイミングでの建碑もなかったでしょう。
冒頭の市長の発言が実現することになれば、120年前の先人―とくに青森市をけん引してきたリーダーたちの思いがようやく実を結ぶことになるのです。
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