「あおもり歴史トリビア」第691号(令和8年2月20日配信)
2026/02/20 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第691号(令和8年2月20日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。歴史資料室の村上です。先日、国立国会図書館デジタルコレクションを利用して青森市に関する資料を探していたところ、表紙に鳩のイラストが描かれた『伝書鳩』という冊子を見つけました。この冊子は東北鳩協会青森支部の設立を記念して昭和4年(1929)に刊行されたもので、当時の青森市における伝書鳩の飼育・利用の状況が記されています。そこで、今日は伝書鳩と青森をテーマにお話ししたいと思います。
日本で伝書鳩の利用が進むきっかけとなったのは、大正8年(1919)に陸軍がフランスから伝書鳩を輸入したことでした。『伝書鳩』によると、大正9年に仔鳩を各師団に配布するとともに、民間にも払い下げたといいます。この時、青森県では武田村(現中泊町)の医師・中江貞市が払い下げを受けました。中江は往診先からの連絡手段として伝書鳩を使用したいと考えたそうで、これが青森県における民間伝書鳩のはじまりとされています。そして、大正13年には弘前市に東北鳩協会(会長・中江貞市)が設立されました。
青森市では大正14~15年頃から中西恭一郎と北畠友助が伝書鳩の飼育を始めました。中西の友人で東奥日報社に勤務していた小林長三郎は、中西のもとを訪ねた際に鳩舎を見せてもらいましたが、当初はあまり興味を持っていませんでした。しかし、中西から東奥日報社でも鳩を飼ってはどうかと熱心に勧められ、ついに昭和3年1月頃、重役らに相談しました。すると、鳩を飼ってもよいとの返答があり、同年4月に伝書鳩班が設置されました。『東奥日報百年史』(東奥日報社 1988年)によると、「電話の普及率が低く、写真電送技術も幼稚な時代」であったため、伝書鳩への期待は大きかったといいます。
『東奥日報と昭和時代(前期)』(東奥日報社 1979年)によると、鳩通信は昭和3年5月6日に開催された県下中等学校駅伝競走で試験的に使用され、同年6月16日・17日に開催された少年野球大会青森予選会で原稿の輸送に使われました。その後もさまざまな場面で活用されており、例えば昭和10年8月に県内で水害が発生した際には鳩班員が五所川原へ派遣されています。
また、伝書鳩は犯罪捜査でも活躍しました。昭和3年9月29日、大釈迦村(現青森市)・七和村(現五所川原市)の山間で強盗事件が発生した際、捜査本部が置かれた大釈迦村に通信機関がなかったため、伝書鳩を五所川原警察署へ飛ばして捜査情報を伝えました。青森県刑事課長の芳賀左一郎は、警察電話は発達してきたものの全町村になく、捜査本部へ情報を集める際に「通信上の不便」があることから、「通信補充」のために伝書鳩を使用することは効果があると語っています。伝書鳩は電話などの通信手段を補完する役割を果たしていたのですね。
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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日本で伝書鳩の利用が進むきっかけとなったのは、大正8年(1919)に陸軍がフランスから伝書鳩を輸入したことでした。『伝書鳩』によると、大正9年に仔鳩を各師団に配布するとともに、民間にも払い下げたといいます。この時、青森県では武田村(現中泊町)の医師・中江貞市が払い下げを受けました。中江は往診先からの連絡手段として伝書鳩を使用したいと考えたそうで、これが青森県における民間伝書鳩のはじまりとされています。そして、大正13年には弘前市に東北鳩協会(会長・中江貞市)が設立されました。
青森市では大正14~15年頃から中西恭一郎と北畠友助が伝書鳩の飼育を始めました。中西の友人で東奥日報社に勤務していた小林長三郎は、中西のもとを訪ねた際に鳩舎を見せてもらいましたが、当初はあまり興味を持っていませんでした。しかし、中西から東奥日報社でも鳩を飼ってはどうかと熱心に勧められ、ついに昭和3年1月頃、重役らに相談しました。すると、鳩を飼ってもよいとの返答があり、同年4月に伝書鳩班が設置されました。『東奥日報百年史』(東奥日報社 1988年)によると、「電話の普及率が低く、写真電送技術も幼稚な時代」であったため、伝書鳩への期待は大きかったといいます。
『東奥日報と昭和時代(前期)』(東奥日報社 1979年)によると、鳩通信は昭和3年5月6日に開催された県下中等学校駅伝競走で試験的に使用され、同年6月16日・17日に開催された少年野球大会青森予選会で原稿の輸送に使われました。その後もさまざまな場面で活用されており、例えば昭和10年8月に県内で水害が発生した際には鳩班員が五所川原へ派遣されています。
また、伝書鳩は犯罪捜査でも活躍しました。昭和3年9月29日、大釈迦村(現青森市)・七和村(現五所川原市)の山間で強盗事件が発生した際、捜査本部が置かれた大釈迦村に通信機関がなかったため、伝書鳩を五所川原警察署へ飛ばして捜査情報を伝えました。青森県刑事課長の芳賀左一郎は、警察電話は発達してきたものの全町村になく、捜査本部へ情報を集める際に「通信上の不便」があることから、「通信補充」のために伝書鳩を使用することは効果があると語っています。伝書鳩は電話などの通信手段を補完する役割を果たしていたのですね。
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