「あおもり歴史トリビア」第701号(令和8年5月8日配信)
2026/05/08 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第701号(令和8年5月8日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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みなさん、こんにちは。室長の工藤です。
今回も今年営業開始100周年を迎えた、市営バスの創業期のエピソードをご紹介します。
市営バスは天候上の理由から、計画的に半月~1か月程度運休する期間がありました。では、その天候上の理由とはなんでしょう?―すぐ思い浮かぶのは降雪・積雪だと思います。日本有数の豪雪地帯といってもいい青森市、しかも100年近く前の話ですから道路事情も悪いでしょうし、雪が降ると車が動かなくなると考えるのは当然でしょう。
実際、昭和3年(1928)1月は、積雪のため元日・2日の新年の運休日が明けても運転を再開できない路線がありました。原因は道路が狭いことに加え、地面の雪が固まらずぬかるんだ状態になったことにありました。少しでも脇にそれるとタイヤが取られ動かなくなり、その度に車体に綱をつけて人の手で引っ張り出さなくてはなりませんでした。
こうした状態のひどいのが浦町駅線と筒井方面であったといいます。とくに歩兵第五連隊がある筒井方面では1月10日が新兵の入営日となっていて、市交通部では何としてもバスを通したいと各所に働きかけますが、連隊の手前で断念することになりました。一方、浦町駅線は「春迄絶対運転不能となつた」といいます(『東奥日報』同年1月11日付10日夕刊、以下『東奥日報』の引用は日付と朝夕刊の区別のみ表示)。
とはいえ、降雪・積雪は計画的な運休とはならなかったようです。
青森市営バスの祖とも称される篠原善次郎が語るには、大正末期の状況として「県内の自動車は何れも積雪にて運転中止をなした」といい、どうしても冬季に4か月程度の運休期間ができてしまっていたものの、彼が経営する青森市の乗合自動車だけは「警察の好意と予自身各戸に除雪を嘆願した結果」冬季間に一日の運休なく営業ができ、予想以上の収益をあげたそうです(昭和2年3月29日付朝刊)。
こうした成功体験が、青森市営バスの冬季運行の背景にあったのかもしれません。
さて、実は運休するのは融雪期―3月です。これは昭和3年1月と似た状況が発生するのです。つまり、それまで固まっていた雪が解けて道がぬかるむからです(昭和2年3月1日付朝刊・同3年3月1日付朝刊)。さらに、青森市の春の風物詩といえる「雪切り」が始まると、運行ができなくなります。雪切りは3日間程度全市的に行われ、実施区域などの日程は事前に決められます(昭和3年3月5日付朝刊)。
ただ、この運休期間は「天候」次第という側面があるので、寒さが続き融雪が遅れた年は運休開始が遅れます。そしてこの期間を利用して、バスの点検や修繕、車体の塗り替えなどのメンテナンスをしています(昭和3年3月13日付朝刊)。4月1日、リフレッシュしたバスが再び市内を駆け巡ります。
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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市営バスは天候上の理由から、計画的に半月~1か月程度運休する期間がありました。では、その天候上の理由とはなんでしょう?―すぐ思い浮かぶのは降雪・積雪だと思います。日本有数の豪雪地帯といってもいい青森市、しかも100年近く前の話ですから道路事情も悪いでしょうし、雪が降ると車が動かなくなると考えるのは当然でしょう。
実際、昭和3年(1928)1月は、積雪のため元日・2日の新年の運休日が明けても運転を再開できない路線がありました。原因は道路が狭いことに加え、地面の雪が固まらずぬかるんだ状態になったことにありました。少しでも脇にそれるとタイヤが取られ動かなくなり、その度に車体に綱をつけて人の手で引っ張り出さなくてはなりませんでした。
こうした状態のひどいのが浦町駅線と筒井方面であったといいます。とくに歩兵第五連隊がある筒井方面では1月10日が新兵の入営日となっていて、市交通部では何としてもバスを通したいと各所に働きかけますが、連隊の手前で断念することになりました。一方、浦町駅線は「春迄絶対運転不能となつた」といいます(『東奥日報』同年1月11日付10日夕刊、以下『東奥日報』の引用は日付と朝夕刊の区別のみ表示)。
とはいえ、降雪・積雪は計画的な運休とはならなかったようです。
青森市営バスの祖とも称される篠原善次郎が語るには、大正末期の状況として「県内の自動車は何れも積雪にて運転中止をなした」といい、どうしても冬季に4か月程度の運休期間ができてしまっていたものの、彼が経営する青森市の乗合自動車だけは「警察の好意と予自身各戸に除雪を嘆願した結果」冬季間に一日の運休なく営業ができ、予想以上の収益をあげたそうです(昭和2年3月29日付朝刊)。
こうした成功体験が、青森市営バスの冬季運行の背景にあったのかもしれません。
さて、実は運休するのは融雪期―3月です。これは昭和3年1月と似た状況が発生するのです。つまり、それまで固まっていた雪が解けて道がぬかるむからです(昭和2年3月1日付朝刊・同3年3月1日付朝刊)。さらに、青森市の春の風物詩といえる「雪切り」が始まると、運行ができなくなります。雪切りは3日間程度全市的に行われ、実施区域などの日程は事前に決められます(昭和3年3月5日付朝刊)。
ただ、この運休期間は「天候」次第という側面があるので、寒さが続き融雪が遅れた年は運休開始が遅れます。そしてこの期間を利用して、バスの点検や修繕、車体の塗り替えなどのメンテナンスをしています(昭和3年3月13日付朝刊)。4月1日、リフレッシュしたバスが再び市内を駆け巡ります。
青森市民図書館 歴史資料室
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