「あおもり歴史トリビア」第659号(令和7年7月4日配信)
2025/07/04 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第659号(令和7年7月4日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。歴史資料室の村上です。
7月2日(水曜日)から歴史資料室の新しい館内展示「昭和20年~戦中と戦後が重なった年~」が始まりました。今年は戦後80年という節目の年であることから、戦争が終わり戦後が始まった昭和20年(1945)という1年に注目し、展示を構成しました。この展示は8月21日(木曜日)まで行います。
8階のパネル展示では昭和19年から昭和20年の冬の豪雪、青森市における建物疎開、青森空襲、女性参政権実現などのできごとを取り上げました。そして、7階のガラスケースには青森空襲の罹災地図や昭和20年に学校で使用されていた教科書を、8階のガラスケースには金属回収や松根油(しょうこんゆ)の生産に関する資料を展示しています。松根油の生産に関する資料は今回が初公開です。
松根油とは松の切り株を乾留(かんりゅう、空気を遮断して加熱分解)することにより得られる燃料です。航空機燃料として有望であるとして、昭和19年から昭和20年にかけて国を挙げて生産されました。特に昭和19年11月1日から5か月間は「松根の増産期間」とされ、雪国では降雪期に入る前に相当量の松根を採掘するよう求めています(内閣情報局編『写真週報』第349号、1944年11月29日発行)。
青森県はすぐに松根油の生産目標を設定し、市町村などに協力を求めて原料となる松根の採掘を進めました。その結果、昭和19年12月時点の松根の供出量は全国第3位となりました(『東奥日報』昭和19年12月24日付)。なお、現在の青森市域では筒井村が目標を上回る量の松根を供出し、荒川村、高田村、滝内村、東岳村も目標を達成したといいます(『東奥日報』昭和19年12月12日付)。
さらに、青森県は昭和20年3月、松根の乾留に使用する窯を396基新設することを決め、4月中に築窯作業を完了することができるよう準備を急ぐとしています(『東奥日報』昭和20年3月30日付)。展示資料の一つは高田村における松根油窯の築窯に関するもので、昭和20年4月11日に窯の竣工式を行うと記されています。この窯は県が新設を計画していた窯の一つとみられます。
こうして各地で松根を採掘・乾留して生産された松根油は航空機燃料を製造する工場へと送られました。しかし、製造された燃料は実際の戦闘には使用されなかったと考えられています。
※今回の内容は脇英夫・大西昭生・兼重宗和・冨吉繁貴『徳山海軍燃料廠史』(徳山大学総合経済研究所 1989年)などを参考にしています。
《問合せ》
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
青森市メールマガジンをご利用いただき、ありがとうございます。
登録の変更や利用停止の手続は、次の画面からどうぞ。
○青森市ホームページ
http://www.city.aomori.aomori.jp/mailmagazine-riyou.html
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8階のパネル展示では昭和19年から昭和20年の冬の豪雪、青森市における建物疎開、青森空襲、女性参政権実現などのできごとを取り上げました。そして、7階のガラスケースには青森空襲の罹災地図や昭和20年に学校で使用されていた教科書を、8階のガラスケースには金属回収や松根油(しょうこんゆ)の生産に関する資料を展示しています。松根油の生産に関する資料は今回が初公開です。
松根油とは松の切り株を乾留(かんりゅう、空気を遮断して加熱分解)することにより得られる燃料です。航空機燃料として有望であるとして、昭和19年から昭和20年にかけて国を挙げて生産されました。特に昭和19年11月1日から5か月間は「松根の増産期間」とされ、雪国では降雪期に入る前に相当量の松根を採掘するよう求めています(内閣情報局編『写真週報』第349号、1944年11月29日発行)。
青森県はすぐに松根油の生産目標を設定し、市町村などに協力を求めて原料となる松根の採掘を進めました。その結果、昭和19年12月時点の松根の供出量は全国第3位となりました(『東奥日報』昭和19年12月24日付)。なお、現在の青森市域では筒井村が目標を上回る量の松根を供出し、荒川村、高田村、滝内村、東岳村も目標を達成したといいます(『東奥日報』昭和19年12月12日付)。
さらに、青森県は昭和20年3月、松根の乾留に使用する窯を396基新設することを決め、4月中に築窯作業を完了することができるよう準備を急ぐとしています(『東奥日報』昭和20年3月30日付)。展示資料の一つは高田村における松根油窯の築窯に関するもので、昭和20年4月11日に窯の竣工式を行うと記されています。この窯は県が新設を計画していた窯の一つとみられます。
こうして各地で松根を採掘・乾留して生産された松根油は航空機燃料を製造する工場へと送られました。しかし、製造された燃料は実際の戦闘には使用されなかったと考えられています。
※今回の内容は脇英夫・大西昭生・兼重宗和・冨吉繁貴『徳山海軍燃料廠史』(徳山大学総合経済研究所 1989年)などを参考にしています。
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