「あおもり歴史トリビア」第530号(令和4年11月18日配信)
2022/11/18 (Fri) 12:00
「あおもり歴史トリビア」第530号(令和4年11月18日配信)
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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。歴史資料室の村上真美です。
10月21日配信の第526号では、昭和23年(1948)に東奥日報社が行った新聞週間の取り組みについてお話しました。今回は新聞週間(5月21日から27日まで)に開催されたイベントをご紹介します!
まずは、東奥日報社主催の新聞文化展覧会(以下、新聞展)です。緑会館(現:青森市役所付近)で行われました。新聞製作過程を図・写真入りのパネルや鋳造機による活字の製造実演などを通し、新聞社の内部を紹介しました。会場に用意された資料は、国内外の新聞のほか、太宰治などの著名作家の原稿も展示されたようです。
新聞展2日目には、津島文治知事(1898-1973)も会場を訪れています。太宰の原稿を見つけると「弟がこんなところにいました」と照れくさそうにしていたと報じています(『東奥日報』昭和23年5月23日付)。但し、展示された太宰の原稿詳細についてはわかりませんでした。
ところで、この新聞展には主題歌ともいえる歌があります。タイトルは「自由の朝(じゆうのあした)」です。作詞者は、当時東奥日報社論説委員の乗田幸三(のりた・こうぞう 1910-2002)です。乗田さんによれば、この歌が作られた昭和23年はまだ、青森市は遠くまで見通せるほどの焼け野原が続いていたといいます。
歌を作った経緯について乗田さんは「廃墟のようになった青森市と市民の心を振い起こすため」と語っています(『ぼくたくの音 あるさいはての記録』1978年 東奥日報社)。5月22日付の『東奥日報』によると、歌の効果もあって新聞展場内の雰囲気は次第に高まりをみせたそうです。
続いて郵便切手展覧会には、明治4年(1871)に発行された日本最初の切手や新聞郵送専用切手などを含む数千点が陳列されました。会場となった青森市赤十字支部(現:県営駐車場付近)には、コレクションに関心を持つ学生が多く訪れ、3日間の開催期間で1万人を超えるほどの大盛況でした。
また、青森・弘前・八戸では新聞週間記念講演会が開催されました。例えば、5月23日に青森市農業会東青支部(現:青森県火災共済会館)で行われた講演会には、時事通信社初代代表取締役を務めた青森市出身の長谷川才次(はせがわ・さいじ1903-1978)が登壇し、終戦時の国際情勢と新聞についての講演を行いました。
新聞週間の全日程を終えた東奥日報社へ、弘前地方各方面から新聞展の会期延長を求める声が上がりました。そのため、6月から弘前市でも新聞展が開催されることになりました。
※今回の内容は、『東奥日報』昭和23年5月21日付~5月28日付、『東奥日報百年史』(1988年 東奥日報社)などを参考にしました。
《問合せ》
青森市民図書館 歴史資料室
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp
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登録の変更や利用停止の手続は、次の画面からどうぞ。
○青森市ホームページ
http://www.city.aomori.aomori.jp/mailmagazine-riyou.html
○携帯サイト「青森市mini」
http://www.city.aomori.aomori.jp/koho-kocho/keitai-mini/top/mailmagazine.html
-編集・発行---------
企画部広報広聴課
青森市中央1-22-5
TEL:017-734-5106
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こんにちは。歴史資料室の村上真美です。
10月21日配信の第526号では、昭和23年(1948)に東奥日報社が行った新聞週間の取り組みについてお話しました。今回は新聞週間(5月21日から27日まで)に開催されたイベントをご紹介します!
まずは、東奥日報社主催の新聞文化展覧会(以下、新聞展)です。緑会館(現:青森市役所付近)で行われました。新聞製作過程を図・写真入りのパネルや鋳造機による活字の製造実演などを通し、新聞社の内部を紹介しました。会場に用意された資料は、国内外の新聞のほか、太宰治などの著名作家の原稿も展示されたようです。
新聞展2日目には、津島文治知事(1898-1973)も会場を訪れています。太宰の原稿を見つけると「弟がこんなところにいました」と照れくさそうにしていたと報じています(『東奥日報』昭和23年5月23日付)。但し、展示された太宰の原稿詳細についてはわかりませんでした。
ところで、この新聞展には主題歌ともいえる歌があります。タイトルは「自由の朝(じゆうのあした)」です。作詞者は、当時東奥日報社論説委員の乗田幸三(のりた・こうぞう 1910-2002)です。乗田さんによれば、この歌が作られた昭和23年はまだ、青森市は遠くまで見通せるほどの焼け野原が続いていたといいます。
歌を作った経緯について乗田さんは「廃墟のようになった青森市と市民の心を振い起こすため」と語っています(『ぼくたくの音 あるさいはての記録』1978年 東奥日報社)。5月22日付の『東奥日報』によると、歌の効果もあって新聞展場内の雰囲気は次第に高まりをみせたそうです。
続いて郵便切手展覧会には、明治4年(1871)に発行された日本最初の切手や新聞郵送専用切手などを含む数千点が陳列されました。会場となった青森市赤十字支部(現:県営駐車場付近)には、コレクションに関心を持つ学生が多く訪れ、3日間の開催期間で1万人を超えるほどの大盛況でした。
また、青森・弘前・八戸では新聞週間記念講演会が開催されました。例えば、5月23日に青森市農業会東青支部(現:青森県火災共済会館)で行われた講演会には、時事通信社初代代表取締役を務めた青森市出身の長谷川才次(はせがわ・さいじ1903-1978)が登壇し、終戦時の国際情勢と新聞についての講演を行いました。
新聞週間の全日程を終えた東奥日報社へ、弘前地方各方面から新聞展の会期延長を求める声が上がりました。そのため、6月から弘前市でも新聞展が開催されることになりました。
※今回の内容は、『東奥日報』昭和23年5月21日付~5月28日付、『東奥日報百年史』(1988年 東奥日報社)などを参考にしました。
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