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吉相墓の歴史概略 20260205号

2026/02/05 (Thu) 08:00
■吉相墓の歴史概略
 古墳の時代、前方後円墳は角形・円形の陰陽の秘儀を用いていました。
 銅鏡に「長宜子孫(ちょうぎしそん)」と、子孫繁栄を願って副葬した例があります。
 「赤彩古墳」という石室の内部を赤く塗り、魔除けとした例や、内部に四神を配し(風水)、吉相を期した例もあります。
 太子伝と徒然草に聖徳太子が「ここを断て、あそこを切れ」と墓相(風水)を使ったことが記されています。
 吾妻鏡には、親の墓高きところにありて、その下に住居すれば、その子孫断絶すべしとあります。
 江戸時代の文政の頃、易学者の高田松屋師の「墓相小言」が発行されました。高田師作の吉相墓は、夫婦墓を向かって右から左へ代々順に建立し、その法則が德風会吉相墓にも取り入れられています。子供は建立もせず、刻入もしませんでした。
 高田師の弟子であり易学者の西岡師も同様に右から順に建立し、子供は祀りませんでした。
 西岡師の弟子大浦師は、子供は夫婦の戒名の下に刻入して祀るようにしました。
 多田通幽師は、先祖の供養塔を建立し、供養塔には宝篋印塔と五輪塔があります。夫婦墓には「寿」の字を刻みます。お骨は壺に入れ、石塔の下に埋納します。
 松崎整道師は多田通幽師より墓相の教えを受けました。お骨は石塔の下で土に帰し、右奥に供養塔を建立します。供養塔は宝篋印塔と五輪塔があり、夫婦墓には仏の種子を彫ります。
 竹谷聰進師は、松崎整道師より墓相の教えを受けました。現在確立されている日本の吉相墓の様式は、初代聰進の研究成果によるものです。「墓は子孫の禍福と財産の関係を如実に表す。墓はその家、その人の運命を拓くだけでなく、一族一家の盛衰にもかかわる」と、その膨大な調査実績において確証を得て德風会の墓相・吉相墓を確立し広く世に知らしめました。
 「吉相墓」は、和型家庭墓様式の極みです。德風会吉相墓は墓相だけでなく、日本の祖先崇拝の習俗と陰陽二元論・仏教・儒教などの影響があります。